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無事です(めちゃ長文)

ヘルメットをかぶる人があちこちに混じるごった返す歩道を

こんなことが起こるんだと思いながら江戸宅まで歩きました。

Blogを書いていいのか、と自問自答していましたが
mixiでもTwitterでもつながっていない友人がいるので



東北各地に比べれば江戸の被害がかなりすくなかったものの、
災害は来る時は来るという記録&自戒のためにも

一応ここで記しておきます。



今週はオフ!と宣言した通り、ゆったりと本宅で過ごした私は、
木曜日に江戸宅に戻り、金曜日朝は主査面談。
面談を済ませた足で A活をするために赤坂へと向かった。
そして、整理券187X番をゲットし、
「いや、ぎりぎりセーフ。わー、でも投票5時かぁ」
なんて思いながら在籍する大学に徒歩で戻った。


金曜午後は職場に出向くか迷ったのですが、
オフに徹したことが結果としてよかった。
職場に行っていたら足止め&泊まるしかなく、
帰宅困難者となるところだった。


大学では最初の2時間を図書館の2階で文献探しに費やした後、
5階言語学研究室に移動。しばらく文献を読んでいたら眠くなり、
3時になったらちょっと小腹を満たしてサカスに向かおう
そんなふうに思っていた2時45分ごろ、ゆらゆらが始まった。
最初はイスに座っていたのだけれど、
収まらないどころがどんどん揺さぶられるような感じに
周りにいたみんなで机の下にもぐる。

その前日、ちょうど旦那と

「携帯を持っていることが生死を分ける」

という話をしていたので、
あわてて机の上にあった携帯を取りなおし、
再び机の下にもぐるものの、あまりに揺れるので
椅子の足をしっかり握りしめていた。




机の下に潜るのはいいんだっけ?
すぐに外に出たほうがいいんだっけ?

そんなことを思いながら・・・


一旦とまったように思ったときに
事務の方が「一階におりましょう!」とおっしゃったものの
また揺れ始めて、再び机の下に。
そして次に収まったと同時に、
床に散乱した本の上を(ごめんよーーー)歩いて、
研究室を出、階段を駆け下りた


ご存じのように、S大学の敷地はせまく、グランドは別にあって、なにもないところってのがない。
でなるべく倒れてくるものがなさそうな所にあるベンチにとりあえず座った。
誰も周りに知っている人がいなくて孤独だった。

「これで終わりかな?」とか英語で聞かれたけれど
(S大、外国人いっぱい)
I’m not sure. としか言えない私(そりゃそうです)。
そのうち、また大きい揺れが・・・
ざわめきとともにみんなが見上げる方向を見ると



2号館(15階だて?)が揺れている。
鉄筋コンクリートのビルが目の前で揺れている。


しばらくして、グラウンドへ移動という指示が出てそちらへ向かうも
グラウンドに出るには土手にあけられたほっそーい通路を通らねばならず、人だらけ。
私はとりあえず、土手に上がって様子を見、
通路がすっかりすいてからグラウンドへ移動。


さっき研究室にいた人たち+Shutaくんがいた。
ほっとした。
それまで孤独だったからw

そこでさらに待機して、雨が降り始めた4時すぎごろ。

「歩いて帰れると思う人は帰ってよし!」

という事務方からのアナウンス。
なんどか歩いたことのある私は道もわかっているし、
90分ほどで帰れると知っていたのでまずはグラウンドを後にする。
大学構内に戻るとS先生に遭遇。
みんなは言研に戻って行ったけど私は帰ることを選ぶ。

というか、おバカな私は一瞬

「サカスに行くか、直接帰るか」

で悩む。
でも赤坂から帰るとなるとすごく遠回り。
万が一、赤坂で何かあったらシャレにならない。
大人の判断をしろー>私。

ということで、帰路につく。


ところが、いつもと違うルートをとってしまったため、
やや遠回りしたのか、
神保町などごった返していて、いつもの速歩きでは歩けなかったせいか
やや時間がかかり、100分ほどかけて
「もう疲れた。(途中で買った)水が重すぎる(T0T)」と思うころに
ようやく到着。

でも、その日は赤坂まで歩くことを最初から想定していたので
スニーカーだったことが結果的に幸い。
脚は痛くならなかった!



歩いている間、

2階のガラスが割れておちていたり、

外壁が上から落ちていたりして、

「頭上注意」が何箇所もあった。

「こんなにヘルメットをかぶっている人がいっぱいいる」ことに驚いた。

多くの人がコンビニの袋持っているのを
「なんだ?早くも花見の予定だったのか?」
とか思いながら見ていて、
よく考えたら
「いつ着くかわからないからとりあえず手に食料を持って歩いてるのだ」
と気付く自分に呆れた。

レンタカー会社の前で人がたーくさん待っていた。



かと思うと、何事もなかったかのように談笑しながらお茶を飲んでいる人がいた。





帰宅しても誰もいなくてとても心細かった。

(二男はなぜか大学に避難? 旦那は途中腹ごしらえしていた)

って書いてたら緊急地震速報がきた!



阪神大震災の後、
避難袋を買って、水やら乾パンやらを入れて備えていたけれど
喉元過ぎれば、でのほほんとしていた。

江戸宅にも3日分の緊急食糧は置いてあったのだけれど
置いてあることを忘れていたくらい。

そして、関西出身者は関東の人たちほど
避難訓練を真剣にしてこなかったって思いません?
阪神大震災前は
「関西に地震なんかこーへんし」
くらいな気持ちでいませんでした?

関東出身の方々は本格的な避難訓練や準備を教育として受けている。
実際に震度5を経験してみましょう、ってことで「箱」に入った経験のある人も多いのでは?
防災ずきんとかって椅子につけてないですよね?関西の小学生は(いまはあるのかな?)


なんか、ヘルメットをかぶって食料を持って歩いている人たちを見て
自分の備え・意識の甘さに愕然としました。




昨日は、3人のうち、誰かが起きていて非常時にすぐ気付くようにして
交代で寝ました。


今日は一日、江戸は穏やかだった、ゆっくり寝れるかな?と思いましたが
今になって何度も緊急地震速報。

何度も携帯が鳴るのでまた昨日の恐怖がよみがえる。

今日は交代で寝なくていいかななんて言っていたところでしたが、
やっぱり交代のほうがいいかもですね。



ちなみに、本宅ですが、
外観は大丈夫だとご近所さんに確認していただきました。
(本宅地域、震度6強。その後の余震半端ない(涙))
中の様子は・・・どうでしょう。

ついでに、原発からちょうど100キロ圏。
今のところは大丈夫ですが、
最悪の自体が起こってしまうとぎりぎりアウトかもな立地。
お願いだから早く冷えて頂戴!!!原子炉。

とはいえ、それだけなのだ。
今、東北で起こった・起きていることは
比べ物にならない。

深刻な状況にいらっしゃる被災者の皆さんに自分は何ができるのだろう。
落ち着いたらもちろん、義援金をと思っていますが
今は・・・
なるべく、テレビを消して、不要な電話をせず、
くらいでしょうか。




不幸にもお亡くなりになられたたくさんの方々の冥福をお祈りします。
まだ孤立している方々が少しでも早く救助されるますように、
そして、そのために奮闘してくださっている自衛隊他の方々のご無事も祈念しております。
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Comment

No title

ご無事で何よりでした。とはいえ、怖い体験をしてしまいましたね。

おっしゃるとおりの関西の人間でして、私は阪神淡路の震災も揺れを経験しただけで被害には遭わず、今回もたまたま環状線に乗っていたため揺れさえも気づかず、地震に対して甘い認識しかありません。
「関西には台風も地震もけーへん」くらいに。

関東では、ヘルメットや頭巾がすぐに出てくるくらい、皆さんに意識があるのですね。かなり反省です・・・

息子は、その日自転車で本郷に行っていたらしく、帰宅は楽だったみたいです。メールに「とりあえず怪我とかは無し」と書かれて、関東の深刻さを知った次第でした。

本宅のほう。。。心配ですね。部屋の中は荒れているでしょうから、お気をつけ下さい。東京のミクシィ仲間が、冷蔵庫を開けたとたん、ガラス瓶が降ってきたと言っていました。冷蔵庫の中も大荒れだったようです。

No title

被災地の方ホントに心配です・・・

そして、この記事を書いてくれたので無事を知り安心しました・・・
私は車にて移動中だったので、揺れを感じませんでしたが
主人は結構感じたらしいです。
そして、お泊りの仕事に入っています・・・

この辺りでも起こりうるので、子ども3人を安心させ
避難グッズを改めて見直しております。

なにか出来ることがあったらしたいですね・・・

Re: No title

> おっしゃるとおりの関西の人間でして、私は阪神淡路の震災も揺れを経験しただけで被害には遭わず、今回もたまたま環状線に乗っていたため揺れさえも気づかず、地震に対して甘い認識しかありません。
> 「関西には台風も地震もけーへん」くらいに。

本宅のある地域は一時期、首都移転構想の候補に挙がっていて、その理由の一つが「地震などの天災が少ない」という噂でした。実際に内陸なので台風に直撃されることもなく、地震があっても何かが壊れるということはなかった。
でもその後、台風に続く大洪水があり(もう15年くらい前の話ですが)、河川の治水事業が活発に行われた時期がありました。
何かあってから、なんですよね~。

> 関東では、ヘルメットや頭巾がすぐに出てくるくらい、皆さんに意識があるのですね。かなり反省です・・・

ヘルメットは会社に常備されているようです。でも人数分ない、とかいって旦那は素手ならぬ素頭で帰ってきましたが。
頭巾は首都圏の小学校では持っている子が多いのではないかと思います。(T県では見られません)

> 息子は、その日自転車で本郷に行っていたらしく、帰宅は楽だったみたいです。メールに「とりあえず怪我とかは無し」と書かれて、関東の深刻さを知った次第でした。

ご無事で何よりでした。あの大学、あとづけで耐震していると期待したいところですが、古い建物はめちゃめちゃ古いですもんね。
私がいた四谷の大学は古い建屋で部屋の内部の壁が落ちたりひびが入ったりしたようです。

わが二男は地震が起こった後に「とりあえず大学に行く」といって本郷に向かい、建物があまりたっていないところでしばらく避難していたようです。そこへ行くまでの道がずっとビルやマンションの間なので、外壁などが落ちているのを見ながら帰ってきた私はぞっとしました(--;

> 本宅のほう。。。心配ですね。部屋の中は荒れているでしょうから、お気をつけ下さい。

ありがとうございます。
どのみち、明日は外せない仕事があるのでそれ以降なのですが
まだ電車が自宅最寄り駅まで通じていなくて・・・(T0T)

こんなことがあるなんて、ね・・・

Re: Kaorunさん

当日のメールありがとう!うれしかったです。
私の返信は届いたかしら?
あの日、こちらからメールは送れるのだけれど、自動的に受信はできなくて
なかなか家族と連絡がとれずに焦りました。

家族との連絡方法や、万が一の時の待機・避難場所など
話しあったほうがいいなと思いました。

本宅にいるときは建物が周りに立てこんでいないので、
とりあえず、外に出たら助かるだろうくらいにしか思っていなかったの。

今、まだ本宅への交通手段がなくて、帰る予定が立ちません(T0T)。

No title

大変だったね・・。
とりあえず家族がみな無事でよかった。 

本宅の様子も気になるね。

こんなことになるなんてね。
不安もつきないし、被災地の方々が気の毒すぎて、
毎日身体がぐったりです。

あまり出歩かないようにね。

Re: めーぷるさん

> とりあえず家族がみな無事でよかった。 

そうなの。無事なだけでありがたい。
被災地の方々とは比べようがないほどなんの被害もないのに…
大騒ぎをしちゃいました。

今も大きな地震があったね。
めーぷるさんのところ、高層だからきっとすごく揺れたでしょ?
大丈夫だった?

うまくひずみを散らしているんだろうけれど、本当に揺れているときもぐらぐらして気持ち悪いし、
不安からきているのか、ずっと揺れているような気がして・・・

早く収まってほしい。
そして、被災地でこごえている方々が暖かい部屋でゆっくり寝られる日が早く来てほしいです。

Secre

プロフィール

serenabaglioni

Author:serenabaglioni
博士後期課程(応用言語学)在籍中。
もうすぐD3おわっちゃうのに、何もできてなくてやばい。
いい年してARASHIラブ(元々ジャニオタ)
   →「趣味の世界」へ
2010年4月から某所で働きます。

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