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こくご

英語は文句なし怪しいのですが、
国語力もどうなのさ、のserenaであります・・・がね。


最近のはやりなのか?
児童の机にはいろんなものが貼ってあります。
それは紙だったり、白いテープだったりしまして
目標だったり、戒め(?)だったりが書かれているわけです。
で、おととい見た紙には印刷でこう書かれていました。

「何回手をあげれたかな」

ん?

「あげれた」ですか。
しゃべるのはいいとしよう。
友達同士で手紙を書くときもいいとしよう。
でも、これは・・・

いいのかな。
もう、作文として使うのもOKになったのでしょうか。

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Comment

No title

らぬき言葉ね・・これねえ・・もう・・よくなったみたいですね。

No title

あぁ、これドキドキします。
私もかなり怪しいのでなんともなのですが
うちの娘、作文や日記を書くとかなり
すごいことに…さらに指摘してもどう違っているのか
わからないようで。。。
親の言葉が乱れているからだよなぁと反省しています。

No title

・・・あたし、許したくないです。
先日、「言葉の意味は歴史と友に変化する」と言う主旨の番組を見たんですが、
つまり「役不足」という意味の、正しくない解釈が正しい解釈に取って代わるとか、
その一つの例として、「すばらしい」が挙げられて、
「程度がはなはだしいさまをいう。」という用いられ方のうち、
(ア)現代語では、多く好ましい状態について用いられる。驚くほどだ。
(イ)近世江戸語では、多く望ましくないさまをいうのに用いられる。ひどい。
なんだけれど、この(イ)は消滅したんだから、とかおっしゃってる某教授。
あぁ~、嘆かわしかった。
・・・なので、「ら」抜き言葉も肯定してるのか、その教授、と心配してたとこです。

「れる」「られる」という助動詞が、動詞のどういう活用形にくっつくのか、
なんていう国語文法の授業はもうなくなっちゃったの?
これからの社会、英文法も大事かもしれない。
でも、自国語の文法くらい、ちゃんとお勉強しようと、
実は先日、生徒さん達に熱弁ふるっちゃった私です(^^ゞ

語ってしまった・・・ごめんなさい。

No title

Miekoさん haoさん ふぁんさん

コメントありがとうございます。
自分の書いた文を読み返して「文句なし怪しい」ってなんやねん!と自分で突っ込んでおりました。
「文句なく怪しい」か「文句なしの怪しさです」と書くつもりがなんだか合体?!してしまっていました。

ちなみにこの先生は25歳。きっとこの方にとって「あげれる」はhaoさんもおっしゃるように「なにがまちがっているの?」というお気持ちなのでしょう(もちろん、私は「え?」と思ったけれど口にはしませんでした)。
今の段階では私としては「らぬき」はしないよう気をつけています。


「まったく」は”肯定とともに→否定とともに→肯定にも”と変化していると聞いておりますが正しいでしょうか?>ふぁんさま

If I were a bird, ...をIf I was a bird, ...と書いてもバツにならなくなって久しいですが、言葉を扱う(あえて、教えるとは言わないでおきます)って難しいですね。

No title

私も許したくないほうに、一票。

生徒が「全然いいよ~」というのを、必ず、「『全然』は否定形につなげるものなの!」と言い続けておりますが、CMで「全然いいね~」って言われちゃあ、説得力無しです。

ただ、会話ではら抜きになっちゃってるし、私のブログの書きなぐりの文章にもしょっちゅう出てきています。

 公の文章では、ちゃんとしよう、と使い分けてしまっている自分が、「許したくない」と言えるのかどうか・・・

単に、自分にとって聞きなれない言葉を、受け入れられないだけなのかも。。。

No title

自分でも賛成なのか反対なのかわからない。

あれ?変だよと、「れる」「られる」で思うこともあるんだけど、自分でも気づかないうちに使っていることもあるし。

文法から考えれば間違っている使い方が、現実社会ではそれのほうがポピュラーだったりすると、わけがわからなくなります。

要するに自分の文法力に全く自身がありません。

No title

つるさん、あまいさん

そうそう、自分も口語としては使ってるんですよね~。
全然いい!といいますもの。
わたしは関西出身だけれど関東ずまいがだんだん関西で過ごした時間に近づいてきて、どっちの言葉も中途半端になってきています。。。

No title

どうもこんにちは。今回の「ら」抜き言葉の記事のコメント見てて思ったんですけど、「ら」抜き言葉がよくないと思いつつ使う場合って言うのは、単なる誤用なんでしょうか、それとも「ら」を抜く場合と抜かない場合の違いを意識し分けてるんでしょうか?僕は「ら」抜き言葉話者なんですけど、たぶん「ら」抜き言葉の話者は可能の場合は「ら」を抜く、受身の場合は「ら」を抜かないという意味的な使い分けをすることで、「られる」が持つあいまい性(可能なのか受身なのか)を回避してるんですね。で、たぶん「ら」抜き言葉を認めない人はこの直感がないんだと思うんですけど、そういう人が「ら」抜き言葉を使う場合は単なる誤用で使ってるんでしょうか?それとも、そういう「ら」抜き言葉の用法を意識してるんでしょうか?なんか、SLA的で面白いなと思いました。

あと、蛇足ですが、意味の違いはありますが「全然」はもともと肯定文でも使えます。よく言われる例ですが、夏目漱石などの文豪も「全然」を肯定文で使っています。ただ、戦後になって、「全然」は否定と使うというルールを作ったのですが、最近の日本語ではそのルールがまた有名無実化しているようです。上のif I wasやIt is important that S (should) doのshouldと同じく、文法というよりは修辞法なので残るのが難しいのかなと思います。実際いまどきのネイティブでit is lucky that the weather should be so nice.みたいなshould(イタリア語の接続法です)を意識してる人とかどれくらいいるんでしょうか?

Daisukeくん

おひさしぶりでーす。お元気でしたか?修論は順調に進んでらっしゃいますか~?

「ら」抜きの話ですが、私の年代だやっぱり、どちらの意味でも「ら」抜きでは正しくないと感じますし、話し言葉として使っていても文字にする時には気をつけると思います。が、いずれすたれていくのだろうという予感も十分にあります。結局、人間、楽なほうに流れていくでしょうし。




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プロフィール

serenabaglioni

Author:serenabaglioni
博士後期課程(応用言語学)在籍中。
もうすぐD3おわっちゃうのに、何もできてなくてやばい。
いい年してARASHIラブ(元々ジャニオタ)
   →「趣味の世界」へ
2010年4月から某所で働きます。

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